Jacques Perritaz – Chap.04

この地域一帯は農業と言えば酪農ばかり。それ以外はなかなか経済的にも成立させづらい。その結果、農業の多様性はどんどんと失われてモノカルチャーになってしまう。

Jacques Perritaz / ジャック ペリタズ

ジャック ペリタズとの出会いからおよそ10年

ジャック ペリタズとの出会いからおよそ10年

思い起こせば、シードルリー デュ ヴュルカンのジャック ペリタズとの初めての出会いは、フランス ロワールで開催されていたLa Dive Bouteille という試飲会でした。

何百という造り手たちが集まり、何千というワインの試飲ができるこの試飲会で、膨大な試飲に舌も身体も疲れきった時に出会ったのがジャックのシードルです。シードルというものが、甘いリンゴジュースの延長線上のものという認識しかもってなかった私にとって、その繊細かつ複雑な表現力は雷に打たれたような経験でした。

その年のLa Dive Bouteilleで、プロ同士の立ち話で話題に登る造り手として、ワインメインの試飲会にも関わらず1・2を争う存在となっていました。

それからおよそ10年。

「偉大な」という言葉に相応しいシードルを生み出し続け、円熟期に到達しているようにも感じます。

しかし、本人からはあまり語られないものの、様々な苦労や葛藤があったようです。

ジャックは一度、醸造所を移転していますが、この時も「スイスの農業行政は非常に官僚的で、新たに許可が取れる建物を見つけるのが非常に困難だし、費用もかさむ」と話していました。

移転した醸造所も彼の理想通りの完璧な場所というわけではなく、自身が植樹した果樹園の近くに新しく醸造所と自宅を建てたいという夢を語ってくれたりもしていました。

しかし、世界でも屈指の物価の高さのスイスにおいては土地の値段も相当に高価で、天候に収穫を左右されながら造るシードルの販売では、なかなか理想の場所に醸造所を作ることはかないません。

シードルリー デュ ヴュルカン醸造所にて

「この地域一帯は農業と言えば酪農ばかり。それ以外はなかなか経済的にも成立させづらい。その結果、農業の多様性はどんどんと失われてモノカルチャーになってしまう。チーズ以外は、全部外から買ってくるしかないんだ。」

と悲しそうに語ります。

もともと打ち捨てられるだけだった原種に近い古い品種のリンゴの樹を見て、これをいかさないとどんどんと生物の多様性が失われてしまうと危機感を抱いたことから、安定した植物・生物学者の仕事からリスクあるシードル造りに転身したジャック ペリタズ。

もちろん、世界中の名だたるレストランも彼のシードルを求めるようになり、彼の挑戦はひとまずの成功を収めているものの、生まれ育った地元や同じような状況の他の地域における生物多様性を豊かにしたいという想いは、モノカルチャー農業の経済性という大きな壁を前に、ゆっくりとしか前進していないという葛藤が垣間見れます。

「このあたりでは、貴族でないと農地も建物も持てないよ」

というのはジャックの言葉ですが、苦労を重ねて走りきったこの10年以上の歳月を経てもなお、なかなか思うどおりの人生を形作れないことに悲しみを感じています。

そんな折、先日会いに行った時に「僕ももういい年齢だからね…」と聞かせてくれたのが、また驚きの計画でした。

日本で「もう歳だからね…」と聞くと燃え尽きて引退してしまうのかと思うのですが、そこはやはり、かつての狩猟採集民のアイデンティティを強く継承するヨーロッパ人、ここからさらに自身の人生の豊かさと生物多様性を豊かにするミッションを両立させようとする新たな挑戦をするつもりだと言います。

この新たな挑戦に関しては、またより具体的に形づくられてきたらご紹介したいと思います。

人生何事も Never too late. だなと教えてもらったような気がします。

ジャック ペリタズ自身が植樹した果樹園にて

さて、今回リリースします各シードルたちの紹介に移りたいと思います。

まず2019年は、多くの品種のリンゴの収穫量がガクッと落ちてしまった年で、ベーシックなラインナップが生産できませんでした。

そのためフランスのノルマンディー地方からリンゴを運び造ったセック ソンスエルという新しいキュヴェが誕生しています!詳細は各シードルの説明にて後述しますが、「官能的な辛口」と名付けられたこのシードルは、その名の通り力強くビビッドな果実味を備えた素晴らしい仕上がりになっています。

加えて

  • プルミエ ゼモワ … 天使のようなチャーミングなフレーバーが魅力
  • ア プロポ デール … 気品溢れ高貴でリッチな味わいのバランス
  • ローズ ドゥ トルニー … ジャックの人生そのものが詰まった繊細かつ偉大な味わい

とハイエンドラインナップはどれもキレッキレの仕上がりです。

果樹にはよく裏年と表年と言われるものがありますが、2020年は、2019年の不足を取り戻すかのような豊作の年でした。そして質的にもかなりのハイレベル。

  • トランスパラント … 透明感あふれる清々しい味わい
  • ロウ ボスコープ … ビシッと芯の通ったミネラル感
  • チュルゴヴィ … 2020年はキーケグのみの入荷

といったラインナップです。

為替や輸送費高騰の影響もあって、価格設定は色々悩ましいのですが、まだ現地にもストックがあるのをリピートで発注してジャックの新しいプロジェクトを応援したい!という想いもあり、抑えめの価格設定にさせていただきました。

きっちり冷やしたシードルを飲んで、今年の猛暑を乗り越えていきましょう!

ジャック ペリタズ自身が植樹した果樹園にて

+ 造り手詳細

Cidre Transparente / シードル トランスパラント

ヴィンテージ:2020
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(トランスパラント、レネット ドゥ シャンパーニュ、ポム レザン)

ジャックのてがけるシードルは、どれも原種により近い古い品種のリンゴを用いていますが、この「透明」という意味のトランスパラントもそんな古いリンゴの品種名です。

そんな名前にふさわしい、クリアで爽快な味わいのこのシードルは、シードルリー デュ ヴュルカンのスタンダードとも言えるファンの多いシードルです。

2020年も、安定の爽快さとクリアな飲み口、細やかな泡立ちと完璧なバランスとなっていて、味わいと香りの一体感が素晴らしい仕上がりです。リンゴなのに洋梨を思わせるような華やかな香りもあり、また他のキュヴェで感じることがあるすりおろしたリンゴのような酸化のニュアンスもなく、スッキリとした飲み口でいくらでも飲めてしまう飲み心地の良さがあります。

余韻や果実味の奥には、ほのかにクローブや胡椒、唐辛子、レモンのようなニュアンスが感じられ、どこか上質なジンジャーエールを思わせる雰囲気もあります。

Cidre Raw Boskoop / シードル ロウ ボスコープ

ヴィンテージ:2020
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(ベレ ドゥ ボスコープ)

1856年のオランダに起源を持つベレ ドゥ ボスコープ(別名:レネット ドゥ モンフォール)という品種を用いたシードルで、品種名と何と!「ロボコップ」との語呂合わせで名付けられました。このリンゴは非常に酸度が高く、他の品種と比較しても何倍ものビタミンCを持っているのが特徴です。

2020年は、ビシッと芯の通ったミネラル感と酸味があり、ドライで爽快な飲み口になっています。加えて香りには果実の甘い雰囲気を感じさせ、エルダーフラワーのような清楚で可憐なニュアンスも感じられます。味わいにもどこかほろ苦さや果皮のニュアンスもあり、このバランスもエルダーフラワーのコーディアルを思わせる雰囲気があります。

Cidre Sec Sensuel / シードル セック ソンスエル

ヴィンテージ:2019
タイプ:泡
産地:スイス(原材料産地:フランス)
品種:リンゴ

シードルリー デュ ヴュルカンのいつものエチケット(ラベル)デザインとはがらっと変わったこのシードルは、リンゴの収穫量が少なかった2019年の不足分を補うためにノルマンディー地方からリンゴを購入して造ったシードルです。

セック ソンスエルとは「官能的な辛口」という意味で、どこかアンリ・ルソーにも通じるようなビビッドで力強く描かれたエチケット(ラベル)の絵とあわせてこのシードルの原始的で根源的なエネルギーに満ちた魅力を表現しています。

気になる味わいは、いつものシードルリー デュ ヴュルカンのラインナップと比較して旨味や果実味の凝縮感が強く、まさにエネルギーに満ち満ちたという言葉がぴったりです。繊細で品の良さを感じるいつものシードルが「静」とするならば「動」のイメージとかさなる躍動感ある味わいで、それでいて不安定なところは全くなく、キレのよい飲み心地が楽しめます。

いつもと産地の異なるリンゴで仕込んだこのシードル、当初はやはり不安や困難があったといいます。それは、シードルリーにまで運ばれてくるまでのコンディションや選果のレベルなどの影響であったりするのですが、受け取ったリンゴを丁寧に選別し、またその特性を見極めて育てたこの「セック ソンスエル」は、結果として本人も大満足の仕上がりになりました。

この成功で自信を得たジャックが、また新たな挑戦に向かっていくのですが、それはまた別の機会にお話したいと思います。

Cidre Premiers Emois / シードル プルミエ ゼモワ

ヴィンテージ:2019
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(ボンアップフェル、ポム レザン、ベレ ドゥ ボスコープ、エンギスホーファー)

プルミエ ゼモワは「最初の感情たち」という意味で、シードルリー デュ ヴュルカンのフラグシップとなるシードルの一つです。初恋に通じるようなはじめての感情、不安があり、迷いがあり、興奮があり、それらはジャックが、古い品種のリンゴの樹と出会い、それを守っていきたいと思ったきっかけとなる感情であり、それがすべてのはじまりでした。その想いを忘れることなく、シードル造りに打ち込み、その結果として生まれた表現豊かな最高品質のシードルを、初心を大切にしたいということとも重ねて名付けられました。

2019年のプルミエ ゼモワは、例年同様に天使のような可憐でチャーミングな味わいで、胸をキュンキュンさせるようなバランスです。クリーンでクリアな味わいですが、濃密な風味があり、花の蜜やハチミツ、ミードを思わせるような厚みのある果実味も特徴です。

クミンなどのスパイスを効かせたお料理との相性もよく、クミンを使ったキャロットラペなどと最高の相性です。

Cidre A Propos d’Ailes / シードル ア プロポ デール

ヴィンテージ:2019
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(トビアスラー、ベレ ドゥ ボスコープ、ボンアップフェル)

印象的な黒地の背景に大きく描かれた蝶のデザインのエチケットのこのシードルは、もともとニューヨークのハイエンドなレストランなどからの要望からスタートしたキュヴェで、シードルが気軽な飲み物というイメージを覆すような、スケールが大きく、リッチな味わいを持ったシードルがコンセプトです。

グラスに注ぐと細やかな泡立ちがあり、香りにも味わいにも高級感を感じさせる華やかな風味があります。言うまでもなくリンゴから造られるシードルですが、洋梨やハチミツといった濃密で高貴なフレーバーを備えたゴージャスな味わいになっています。

Cidre Rose de Torny / シードル ローズ ドゥ トルニー

ヴィンテージ:2019
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(トルニー村に植わっていた名称不明の品種)

ジャック ペリタズが、シードル造りに挑戦するきっかけとなった1本のリンゴの樹。当時、村の人々もそのリンゴをどう使えばいいか、誰も知らなかったという忘れ去られた品種。時間の経過とともに、こうした貴重な生物資源が失われていくこと、生物の多様性が失われていくことに危機感を感じたジャックが、植物・生物学者を辞め、シードル造りに挑戦します。このシードルは、その運命の樹から枝を取り、接ぎ木をして増やしたリンゴの樹から収穫されたリンゴを主に用いて造られたシードルです。

このローズ ドゥ トルニーは、「トルニー村の薔薇(バラ)」という意味で、元々トルニー村に植わっていたリンゴの樹であったこと、名前も忘れさられた品種であったこと、そのリンゴからは薔薇(バラ)やレモンの風味を感じることから名付けられました。

2019年のこのシードルは、大人っぽく落ち着いた魅力を備えた気品ある味わいが特徴になっています。ゴールドな色調とキュヴェ名の特徴と言われる薔薇の香り、複雑な旨味としっかりとした構成の果実味があり、余韻にほのかに感じるタンニン分が全体を引き締めます。どこか上面発酵のライトなダークエールのような雰囲気もあり、奥深い味わいをゆっくりと楽しませてくれます。

Cidre Turgowy KEYKEG / シードル チュルゴヴィ キーケグ

ヴィンテージ:2020
タイプ:泡
産地:スイス
品種:リンゴ(トビアスラー、トゥルガウワー ヴァインアップフェル)

チュルゴヴィ(Turgowy) は、微妙に綴りが異なりますが、スイスの北東のドイツと国境を接する地域であるトゥールガウ(Thurgau 独語)もしくはチュルゴヴィ(Thurgovie 仏語)州で収穫されたリンゴから造られるシードルです。

トビアスラーとトゥルガウワー ヴァインアップフェルと呼ばれる2種類の品種のリンゴから造られます。

どちらも非常に古い品種で、トビアスラーは、1805年からスイス東部で栽培されているリンゴの品種です。果実は中程度の大きさで、緑赤の縞模様があり、果肉はしっかりとしていてジューシーで、酸味が強く、シードルに最適な一級品のリンゴと言われています。

トゥルガウワー ヴァインアップフェルは、1860年頃から栽培されていたとされる品種で、別名にチュルゴヴィのヴィーナスと呼ばれたりもするこれまたシードルに最適なリンゴ品種と言われています。果実は中くらいで赤と黄色がかった緑の色調が特徴です。果肉はやや荒く、シャキッとした食感と甘さを感じる酸味、華やかな芳香が特徴です。

今回入荷は2020年ですが、残念ながら2020年は通常サイズ(750ml)での入荷がなく、通常リリース前に必ず行う試飲ができておりません。トランパラント、ロウ ボスコープと他の2020年のキュヴェが、美しいバランスの秀逸な仕上がりということもあり、チュルゴヴィも期待大です!KEYKEGをどこかのお店に納品次第、試飲に向かいたいと思います。

参考までに2019年のチュルゴヴィの味わいですが、リンゴや蜂蜜、ハーブ、白い花を感じさせるような華やかな香りとふくよかな果実味があり、そこに程よくフレッシュな酸味が加わる柔らかな飲み心地のシードルとなっておりました。