Les Bois Perdus – Chap.01
ワイン造りは、職人的な仕事の積み重ねだと思う。芸術的な仕事ではなくね。実はこれは映画にも通じるものだと思っていて、90%は本当に実直で技術的な仕事の積み重ねなんだ。アートや感性の世界だと思われているかもしれないけど。
Alexis Robin / アレクシ ロバン
人と人との関わりが、疎遠になってしまいがちな昨今の情勢ですが、そんな折にも幸運なことに新しい友人に出会うことができました。
be a good friend としては5人目と6人目の友人(ドメーヌとしては5軒目)、 レ ボワ ペルデュというドメーヌのレナ ペルデュとアレクシ ロバンの2人です。
まず最初に、今回ご紹介するワインに関しては、とても be a good friend らしいワイン、私らしいワインだと思っています。ナチュラルな飲み心地と人柄をワインから感じるピュアさ、そしてその年らしさや土地らしさを素朴に表現された風味、どこを切り取っても本当に心地よく、ほっとする味わいです。
さて、そんな be a good friend らしいワインとの出会いは、今年の1月にモンペリエで開かれていたLes vignerons de l’irréel(レ ヴィニュロン ドゥ リリエル)というサロン(試飲会)です。そう、自分たちのことはそっちのけで、愛すべきジュリー ブロッスランとイヴォ フェレイラが切り盛りする試飲会です。
このサロン(試飲会)では、新旧様々な自然派ワインの生産者が、まだ瓶詰め前の自分達のワインを持ち寄ってきます。開催の前年に初めてワインを造ったというような造り手も多く参加しています。
まだまだ新型コロナウイルスの感染拡大が、少し日常から遠いものだったこの頃、いつも通りのルーティンで私もこの会場にいました。
このいつも通りのルーティンというのが重要で、私にとってサロン(試飲会)とは、新たに取引をしてくれる生産者を探そうと躍起になる場ではなく、自分との取引の有無に関係なく、大好きな造り手たちの今をワインを通じて感じたり、近況を話したりすることを大切にしている時間です。
なので、朝一番に会場に到着してから最初に向かったのは(すでに試飲の準備を終えていた)アントナン アゾーニのブースです。アントナンのワインは、日本においても折々で個人的に購入するぐらい大好きな造り手で、試飲をする機会がある時には必ず足を運んでいます。
そんなアントナンのブースに見慣れないエチケットのワインが1本ありました。そう、これもある日のルーティンというか、デジャヴュというか…
父親のジルからドメーヌを引き継いだアントナンですが、彼は現在、地域の心ある栽培農家から買い入れたブドウで主にワインを造っています。もちろん買い入れられるブドウはビオ(オーガニック)のブドウで、彼が買いブドウでワインを造り、それが色んな人に飲まれれば飲まれるほど、彼らの地域でのビオ栽培が広がっていきます。
そんなブドウ栽培農家の中には、自分自身でもワイン造りに挑戦しようとする人たちも出てきました。そして、そういう人たちが登場する度に、あらゆるサポートを惜しまないのがアントナンとその父のジルです。
なので彼らのブースに立ち寄ると、折々のタイミングで、緊張した面持ちでブースに立っている新たな造り手に出会うのです。
このパターンは本当に、13年くらい前から繰り返していて、今やいぶし銀な実力派となったジェローム ジュレや農協の幹部だった父親を(おそらく激しい議論の末に)説得してサン スフル(亜硫酸無添加)のワクワクするワインをどんどんと送り出してくれるオジル兄弟と出会ったのは、このアゾーニ親子のブースでした。
さて、このとき朝一番に試飲したレ ボワ ペルデュのワインは、瓶詰め前のサンプルの状態で、あくまでポテンシャルと雰囲気をつかむためのものにも関わらず、 パッと目を覚まさせるような、私が自然派ワインに期待する魅力を全部詰め込んだようなワインでした。
基本的に造り手とのお付き合いは、彼らが働き、生きるその現場である畑や醸造所を訪れ、じっくりと話をしてからスタートしたいと考えているのですが、この時ばかりは、瓶詰め前でありながら、すでに自分の大好きな雰囲気を備えたワインということもあり、朝一番でいきなりプロポーズをしてしまいました。
もちろん春には訪問をする約束もしたうえでのことだったのですが、残念ながらその訪問は実現しませんでしたが…
この日は、日本を含め世界各国から多くのプロフェッショナルが集うサロン(試飲会)ですので、他のインポーターさんからも取引の希望の申し込みや国内外のプロからの多数の予約注文はあったのだと思うのですが、幸運にも私のプロポーズは成就し、 こうして皆さんにご紹介できることになりました。
話を聞いてみると、その2019年が初ヴィンテージで、アントナン同様に買いブドウでのワイン造りとのこと。ブドウ畑は所有していないものの、オリーブやアーモンド、ラベンダーなどが生きる22haもの地所を手に入れて、住まいや醸造所を整備していると言います。その広大に地所には、今後少しずつブドウを植える予定になっていて、買いブドウでのワイン造りと並行しながら、自分たち自身のワイン造りにシフトしていきたいということでした。
ある意味で、私たち be a good friend と同級生というか、一緒に歩みをすすめて成長していける造り手だと思い、本当に幸運な出会いとなったと思っています。
気になるワインの味わいですが、アゾーニ ファミリーの完全バックアップのもと、暑い夏に見舞われた2019年をもろともせずに、サン スフル(亜硫酸無添加)でありながらも不安定さのない、柔らかな果実味が広がるワインとなっています。
もちろんアルコール度数が15%あったり、ちょっぴり揮発酸があったりというのはありますが、高いアルコール度数を感じさせないスムーズな飲み心地が特徴で、僅かな揮発酸もよいアクセントになり、それでいて還元香も抜栓後の不安定さもないワインとなっています。
この癒やし系の絶妙なバランスは、静穏な時間を愛し、ワイン造りは職人的な仕事の積み重ねだと考えるレナとアレクシスの2人のその穏やかな人柄が反映されているのだと思います。
ドメーヌ名の由来や、彼らの人柄の詳細は造り手紹介ページに譲ります。例によって長文ですが、ぜひ一度目を通していただけますと大変嬉しく思います。
+ 造り手紹介
Elle Tremble / エレ トランブル
ヴィンテージ:NV (2019)
タイプ:赤
産地:フランス コート デュ ローヌ地方
品種:メルロ 100%
「彼女は震えている」と名付けられたこの2019年のワインは、レ ボワ ペルデュとしての初めてのそして唯一のワインです。
自身の畑にはまだブドウが植わっていない状態でスタートしたこの年は、買いブドウによって仕込まれたワインです。この2019年の夏は非常に過酷な暑さに見舞われた年で、ブドウはどんどんと凝縮していき、潜在アルコール度数は15%にまで達するようになりました。
ここまでの潜在アルコール度数を備えたブドウをサン スフル(亜硫酸無添加)でワインに仕上げるのは、一筋縄ではいきません。 常にヴィネガーになってしまうリスクをヒヤヒヤしながら見守りながら、ついに完成したワインは、非常にバランスの優れた柔らかい果実味とたっぷりの旨味を備えたワインとなりました。
キュヴェ名の由来は、発酵中のこのワインが冬の気温低下でその発酵を止めてしまった(造り手としては非常に心配な状態な)まさにその時、この地域では珍しい大きな地震が発生しました。村の古い教会の壁が剥落するなど、地震に慣れていないこの地域の人々にとってはかなり驚いた出来事だったと言います。
ところが、その地震が起こったまさにその時から、止まっていた発酵が再開したのです。この大地の震えによって、ワインが救われたことから「エレ トランブル(彼女は震えている)」と名付けられました。フランス語で「大地」は、la terre(ラ テール)という女性名詞なので、「彼女は震えている」という名前につながるわけです。
加えてもうひとつの意味が、長らく映画関連の仕事に就いていたレナとアレクシが馴染みのある表現で、大きな舞台に立つ前に緊張と高揚感から体が震えてしまう武者震いのような表現がフランス語にもあり、人生初となるワイン造りとなったこの年の自分たちの姿と想いを重ねてこの表現を使用したとも言います。
収穫されたブドウをそれぞれリュミエール、アニエス、メリエスと名付けられた3つのステンレスタンクに入れ、リュミエールは除梗したブドウと直接圧搾した果汁の半分半分を充填して発酵、その他のタンクは2週間のマセラシオン カルボニックを経て圧搾されたものを充填し同じく発酵を見守ります。後日メリエスの樽はさらに3つの古樽に移され、さらなる発酵を待ちました。そして、気温の低下からの発酵停止なども乗り越えて、季節の移ろいと熟成を経て6月7日に瓶詰めされました。
ブドウの果皮等に自生する自然酵母での発酵、厳密な清澄や濾過(ろか)を行わず、瓶詰めに至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)無添加で生み出されたこのワインは、酷暑の夏由来のアルコール度数の高さを感じさせない飲み心地を持ったバランスの良い1本で、抜栓後数日にわたっても不安定な姿を見せることなくその素朴で濃密な風味を楽しむことができます。