「祖父はブドウ農家だったんだ。ただ、自家用にワインを造っていて、ブドウの収穫風景や家族でのワイン造りの様子を覚えている。その思い出があるから、自分でもAからZまでやってみたいと思ったんだよ。」
アルザス屈指の小さなドメーヌ、それがドメーヌ プティ プセ。その畑の面積は、1haにも満たない70aほど。当然のことながら生産量も極僅か。
「どうしてドメーヌ名をプティ プセにしたの?」
そう尋ねると…
「だってほら…小さいから」
と、少しはにかんで答えるのが、このドメーヌの当主、ジェラール ブレス。
このほんの小さなドメーヌが始まったきっかけは、ジェラールの祖父の存在でした。
ブドウ栽培者であったジェラールの祖父ですが、生業としてのワイン造りは行っておらず、自家消費用のワインのみを造っていました。
ジェラールは、子供の時に見た収穫風景や家族でのワイン造りの光景、そして祖父のことが大好きだったと言います。
それから時は流れて1990年代の終わり頃、ジェラールはこの思い出の畑を継承することになります。この思い出の畑で、最初から最後まで全てのプロセスに携わり、最終的にボトルに何が残されるのかを知りたいとヴィニュロン(ブドウ栽培者・ワイン醸造家)になりました。
しかし、70aほどの畑では専業で生きていくことはできません。当時、彼は電気機器の会社で働いていましたが、その仕事も継続しながらワイン造りを行う道を模索します。
週末や退勤後の時間を費やして、当初から有機栽培を実践し、少しづつ自宅の小さなセラーでワインをボトリングしていきました。
兼業でのワイン造りということもあって、生産量は毎年極僅か。そのため彼のワインの多くは、自宅兼セラーを訪れる一般顧客に直接販売されます。
「クリスマス前になるべく早く注文してね。クリスマスマーケットでは、沢山ワインが売れるから、その後だと無くなっちゃうよ。」
セラーに一度訪れて見れば、この言葉がセールストークでは無いことはよくわかります。
ドメーヌの住所を訪れるとそこは住宅街のど真ん中で、醸造所というよりは自宅です。戸惑いながらドアベルを鳴らして中に入ります。半地下のガレージに相当する部分を改装したセラーには、所狭しと、しかし整頓された状態で熟成中のワインが置かれていました。
仕込み中のワインもボトルに詰められたストックも、簡単に数えられるほどの数しかありません。
年間の生産量は、2000-4000本ほど。そのため国内外のショップやレストランでも彼のワインを見かけることはほぼありません。
はじめての訪問では、この自宅兼セラーで、彼がどんなワインを造っているか、どういう風に造っているか、とひとしきり説明を受け、デンポよく試飲に進みます。
この時点での私のワインの感想は「自由奔放」だなというもの。彼自身が思い描く通りのワインに矯正しようとするのではなく、ワインそのものをのびのびと育てているという印象です。
ワインも人もこの短い時間だと計り知れないなと思っていたタイミングで、畑を見てみたいと申し出ました。彼もあまり時間に余裕がないタイミングだったのですが、「それじゃあ行こう!」と快諾してくれて、自宅からそう離れていない場所にあるドメーヌ プティ プセの畑に向かいます。
畑に行って、私のジェラールの印象はまた少し変わりました。
畑でのジェラールは、少年のようなキラキラとした目をブドウたちに向けていました。短い時間でしたが、一緒に畑を散歩しつつも彼がウキウキしているのが伝わってくるのです。
「ああ、心から好きでこの仕事に向き合っているんだな」
かつて、素晴らしい造り手たちと一緒に畑を歩いた時に感じた想いと同じ感情が、この日も感じられました。
以前、どこかで話したかもしれないのですが、私はブドウ畑を見ても、そこから素晴らしいワインが生まれるとか、この造り手は素晴らしい仕事をしているとかを判断することはできません。
しかし、一緒に歩く造り手たちからは、この人と長く共に歩めるのではないか…といった期待を抱くことができます。
ドメーヌ プティ プセのワインは、どれも自由奔放で生き生きとしたワインたち。好奇心が強いであろうジェラールの人柄が反映されていて、既存の枠組に囚われていません。
一方で、その奔放さをしっかりと下支えしている存在が祖父から受け継いだ畑のポテンシャルです。
わずか70aの区画の中には、グランクリュ(特級畑)シュタインクロッツが含まれ、高いテンションのミネラル感と力強い凝縮感をワインにもたらしてくれています。シュタインクロッツ以外の区画も、硬質でシャープなミネラル感と厚みのある果実味が、開放感ある味わいながらもどこか引き締まった印象を与えてくれます。
ジェラールと一緒に畑を歩くと、彼がどれだけこの畑を愛しているかが感じ取れます。キラキラと好奇心に満ちた少年のような目をして、1本1本のブドウ樹を慈しむように眺める姿から、心からこの仕事が好きなんだと確信させてくれます。
その溢れんばかりの愛は、しっかりとボトルに込められています。なぜなら、彼のエチケット(ラベル)にはしっかりと「瓶詰めは愛と共に」と記され、それでも溢れる愛がキャップシールを開けたコルクからもご覧いただけます。