「私はあなたの礼節に期待しているよ。」
私はあなたの礼節に期待しているよ
Je compte sur ton savoir-vivre…
フランス語ってこんな表現があるんだ。
ある日、造り手から届いたメールの中に書かれていた一節。なんともその人らしい、思慮深い言葉だなと感じた。
この表現を翻訳すると「私はあなたの礼節に期待しているよ…」という意味になる。ただ、最初この”savoir-vivre”という言葉の意味がピンとこなかった。調べてみると、その言葉の持つ奥深さに、思わず背筋が伸びる思いがした。
直訳すれば「生きるを知る」。日々の生活や社会的な場面での適切な行動やマナーを指すらしい。
日本語で「マナー」と聞くと、どうも堅苦しいイメージがつきまとうけれど、フランス語だと「生きるを知る」ということがすなわち礼節であり、マナーであるらしい。それが押し付けられたものではなく、主体的なもののように聞こえるからなのか、なんとも美しい言葉だなと思った。
さて、私が彼に求められている礼節とは何か? この問いを軸に、この造り手との物語を始めたいと思う。私たちの信頼にとって、とても大切な話だから。
その造り手の名は、アクセル プリュファー
東ドイツ出身の、優しく思慮深い自然派ワインの造り手だ。
彼との初めての出会いは、2007年にフランスで開催されたDive Bouteilleというサロンだった。実はワインポーターとして働き始めて初の海外出張で、今までワインでしか知らなかった大好きな作り手たちに直接会えるという、夢のような時間だった。
そのサロンで、あるワインショップの方から「この人のワイン、飲んでおいたほうが良いよ」と声をかけられた。それがアクセル プリュファーが手がけるル トン デ スリーズのワインだった。それ以来、彼のワインを飲む機会が増え、やがて当時勤めていたインポーターで、アクセルのワインを取り扱うことになった。
その後、アクセルと彼のパートナーであるウットを日本で迎える機会があった。ル トン デ スリーズのワインを日本のファンに紹介するための来日であり、同時に彼らにとってのちょっとしたバカンスも兼ねた旅だった。この旅の間、彼らとはたくさん話し合い、たくさん一緒に飲んだ。それ以来、私がフランスに行く時には、いつも暖かく迎え入れてくれ、彼らの暮らしや大切にしている価値観に触れる機会となった。
そしてしばらくして、私は勤めていたインポーターを退職し、自分自身でbe a good friendを立ち上げることになった。それまで親交のあった作り手たちの多くは、それぞれの形で私をサポートしてくれた。
アクセルも私のことを非常に気にかけてくれ、家に泊めてくれたり、近所の造り手の家にみんなが集まるパーティーに連れて行ってくれたりと、いつも変わらない歓迎で私を迎え入れてくれた。
そんなアクセルが、ある日こう言ってくれた。「ほんの少しだけれど、君にもワインを分けてあげるよ」と。
ワインも人柄も大好きな作り手からのこの言葉は、私にとって非常に嬉しいものであり、光栄でもあった。一方で、アクセルのこれまでのキャリアや、彼をサポートしてきた多くの人との関係性を知っている私には、この提案が彼にとって非常にデリケートなものであることも理解していた。
「私はあなたの礼節に期待しているよ…」
この言葉は、初めてアクセルがワインを出荷してくれる際に送ってくれたメールの中の一節だった。その意味は、「僕のワインをすでに扱っている人たちに迷惑をかけないでね。」というものだと私は理解した。
そこで、be a good friendでは、ル トン デ スリーズのワインの販売に関して、以下のような制約を設けることにした。
ローカル&フレンズ限定
ローカルとは、文字通り地元のこと。
実はアクセルとウットは、彼らが住んでいる地元の街をとても愛している。もともと街中というよりは、畑に近い急な山道を上った丘の上にある家に住んでいた2人。その場所での暮らしが本当に理想的と話していたのだけれど、残念なことに地主さんとの契約の兼ね合いで立ち退かなければいけなくなった。
その後、地元の街であるベダリウーのアパートに移り住むことになった2人と子供たち。相変わらず、裏庭で家庭菜園をしたり、鶏を飼ったりと楽しそうな暮らしを送ってはいるのだけれど、都会?(人口:5900人)での暮らしは不完全燃焼だったようで、持っていたブドウ畑の近くに追加で土地を購入し、そこに様々な果樹や果物、野菜を植え始めた。
そして、自分たちが育てた果物や野菜で作るアイスクリームショップをベダリウーにオープンさせた。
ここでは自分たちが作っている果物等のほかに山に行って採集した野生の素材なども使用している。加えて、アイスクリームにとどまらず、地元の生産者のビオの食料品やル トン デ スリーズを始めとする近隣の生産者のナチュラルワインも販売している。また、同じ場所を別の人に貸し出してカフェやビストロのような気軽な食事を提供するスペースとしても活用している。
とにかく気負わず町に溶け込んだリラックスした雰囲気が特徴で、ある時なんかは、目の前の通りでライブをやったり、プロジェクターで映画を見たりするお祭りをやっていたりする。日々の暮らしを本当に大切にしているように感じるし、派手さはないかもしれないけど、本当に豊かだと思わされる素敵なお店になっている。
そんな、彼の地元に行けば買い放題?のル トン デ スリーズのワインたちにならって、be a good friendの地元であるつくばのお店には、まずは置いてもらおうと思った。だからローカル。
そして、フレンズ。
これは、私とアクセルたちと、日本でワインを取り扱ってくれる方の三者が同じ場所で同じ時間を過ごしたら「フレンズ」だよねということで、こうした時間を一緒に過ごしてくれた人にも販売をお願いしようと思う。
一緒にアクセルたちを訪問したり、一緒にアクセルたちとご飯を食べたり。そんな思い出を共有する人に、ル トン デ スリーズの物語を語ってもらいたいと思うから。
「さくらんぼの実る頃」名前に込められた平和への想い
最後に少しだけ、ル トン デ スリーズがどんなワインを生み出しているか、そのお話をしよう。
東ドイツ出身のアクセルとウットが、生まれた国を飛び出したのは、当時まだ存在した徴兵制を避けるためだった。彼らはキャンピングカーに乗り込み、目的地は決めずに旅に出た。
そんな彼らがたどり着いたのが、フランスのラングドック地方だった。旅のなかで様々なワインの造り手たちと出会い、自らもヴィニュロン(ブドウ・ワイン生産者)としての道を歩み始めた。
ドメーヌ名は、ル トン デ スリーズ
「さくらんぼの実る頃」という意味で、同名の歌曲で歌われる悲しい物語に平和を願う彼らの想いを重ねた名前だ。
ル トン デ スリーズのワインにつけられる名前やエチケット(ラベル)のデザインにも彼らの思想が色濃く反映されている。社会・共産主義国家であった旧東ドイツで生まれ育った彼らは、現代の物質的な資本主義や競争と自己責任の社会に疑問を抱いている。
そして、生活の安寧と平和を願い、その想いを1本1本のワインに託している。それは、静かな抵抗のようでもあり、優しい祈りのようにも感じられる。
アクセルの手がけるワインたちはどれも、心優しい彼の人柄が反映された柔らかい果実味に満ちている。ル トン デ スリーズの畑は、急な山道を登った先の丘の上に広がっていて、そこに降り注ぐあふれる太陽の光と爽快な風によって、みずみずしい味わいのワインとなっている。