Domaine Petit Poucet – Chap.04

エチケット(ラベル)の石?あれは息子がデザインしてくれてね。畑ごとのテロワールを象徴しているんだ。
Gérard Blaess / ジェラール ブレス
おいしいワインのコツ、セオリーの向こう側にあるもの
「おいしいワインを造るコツは何だと思いますか?」
こんな質問を造り手やワインのプロなどに投げかけてみると、おそらく十人十色のいろいろな答えが返ってくることになる。
日当たり、土壌の質、ブドウの選別、醸造方法、樽での熟成期間…
もちろん、どれも正しい。正しいのだけれど、正直どこかぴんとこない。
では、その問いに私なりに答えるとしたら…
それは、「当たり前を疑うこと」
どういうことかというと、よく「この地方ではこう造る」とか、「みんながこうしているからうちもそうしている」みたいな決まりきったセオリーが、「当たり前」のレールとして敷かれていたりする。
こうした「当たり前」は、時に「伝統」などと呼ばれたり。
でも、果たしてそうなんだろうか?
ワイン造りの長い歴史から考えてみると、農業技術が発達し、さまざまな人と情報を瞬時にやり取りできるようになったのは、ごく最近のこと。
それまでは、本当に限られた距離、限られたコミュニティの中でしか情報のやり取りもできなかったし、その中で使える技術も限られたものだった。
そんな時代に唯一頼れる存在だったのは、「自然への深い理解」だったのだろう。自然と対話し、自然と付き合う、それこそがワイン造りであった時代。
それが今は、知識とか技術とか情報とかがあふれるようになり、自然への理解が少なくても、ワインが造れるとか、農作物が作れるとか、そういうふうな時代になってきたと思う。
これを別に批判しているわけではなくて、ただ、そういうふうになってきたと。
でも本来の伝統とは、自然への理解だけが頼れる存在だった時代に、人々が蓄積していった体験や経験を知識としてまとめ、それを踏襲することであり、決して「みんながやっていること」を踏襲することではなかったはずだ。
朝4時の畑と会社員
アルザスの小さなワイナリー、ドメーヌ プティ プセのジェラール ブレスは、「当たり前を疑う」ができている造り手だ。
もし私が誰かに、「彼はどんな人ですか?」と尋ねられたら、彼のことを次の二つの言葉で説明するだろう。
ひとつは「無邪気さ」
そしてもうひとつは「よい直感」
彼の無邪気さは、そもそも彼がなぜワイン造りを続けているのかを紐解くとよくわかる。
ある時、ジェラールが祖父との思い出の畑を引き継ぐことになった。ただ、その畑は1ヘクタールにも満たない小さなものだった。アルザスという土地で、そんな小さな畑で生計を立てるのは難しく、だからたいていの人は畑を誰かに貸すか、あるいは売ってしまう。それがこの世界での「当たり前」のルールだ。
だが、ジェラールはそうしなかった。彼は会社員として働き続けながら、自分の手でワインを造る道を選んだ。彼のことを記事にした地元の新聞によると、彼は朝4時に起きて畑に向かい、会社での仕事が終わってから再び畑に戻る日々を送っていたという。
現代風に言うとダブルワーク。でもその言葉の持つ、どこか乾いた響きとは裏腹に、彼はその生活を楽しんでいたに違いない。なぜならそれは、彼にとってのウェルビーイング、つまり「心地よく生きる」ための、ごく自然な選択だったからだ。家族との思い出が詰まったその場所に立つこと自体が、彼にとってはどんな利益にも代えがたい価値を持っていた。
だから彼は、効率や収益とは違う次元で、その畑を一番良い状態にすることだけを考えた。ビオロジックやビオディナミでのブドウ栽培を選ぶのだって、彼にしてみれば当然の帰結だったわけだ。他の誰かにとっては「なぜそんな大変なことを?」と見えることでも、彼にとってはそれが幸福だったから。
そして、この自然と対話してワインを造るというアプローチを選んだ彼の直感は、彼自身だけでなく、他の多くの人も幸せにすることになる。

グラン クリュという名のチケットを破り捨てることについて
ジェラールの「無邪気さ」と「よい直感」を物語る、もうひとつのエピソードがある。
彼が所有するシュタインクロッツという畑は、グラン クリュ、つまり特級畑に格付けされている。フランス人にとって、それはワインを選ぶ際の極めて重要な指標であり、いわば品質を保証されたチケットのようなものだ。
そのチケットがあれば、ワインはもっと売りやすくなる。これもまた、ひとつの動かしがたいセオリーだ。
ところが今、彼の造るシュタインクロッツは、そのグラン クリュを名乗っていない。いや、正確に言えば名乗れない。なぜなら、白ワイン用のブドウなのに、果皮ごと漬け込んで醸(かも)すという、(地域の当たり前からすると)イレギュラーな方法を選んでいるから。
商業的な成功へと続くチケットを、彼はあっさりと自分の手で破り捨ててしまったことになる。
なぜか?
グラン クリュに格付けされるような良い畑では、ブドウはとてもよく熟す。この熟度の高さは、時にワインにほんのりとした甘さと、人によっては「重さ」と感じるボリュームを与えることが多い。
だが彼の直感は、それがベストではないと告げていた。
もっと飲み心地の良いワインにできるはず、と。そこで彼は、皮ごと醸(かも)すマセレーション(マセラシオン)という手法を選んだ。最近だと「オレンジ ワイン」などと呼ばれる手法だ。
この手法によって、果皮に多く存在する酵母が糖を最後まで活発に分解し、ドライな味わいを生み出す。そして、皮から溶け出したタンニンが、全体の輪郭をきりりと引き締める。
結果として生まれたのは、紅茶のようにエキゾチックな香りを放つ、驚くほどバランスの取れたワイン。
このワインは、商業的な価値やセオリーではなく、自分が造りたいアートと向き合った、彼の「無邪気さ」と「よい直感」の、見事な勝利だと言える。
無邪気なワインは、ほんの少しだけ違う明日を与えてくれるのか
私たちは日々、大小さまざまな「当たり前」に取り囲まれて生きている。
それが悪いわけではないけれど、でも時々、その当たり前にうんざりすることだってあるはずだ。
そんな気分の時に手にとってもらいたいのが、ドメーヌ プティ プセ、ジェラール ブレスのワイン。
ジェラールの生き方が溶け込んだその一杯は、私たちに静かに語りかけてくるだろう。
君の「当たり前」は、本当に君を心地よくさせているかい?
と。

L’As des Ass / ラス デザス

ヴィンテージ:2022
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:ゲヴュルツトラミネール、ミュスカ、シルヴァネール、シャスラ他
会社員を引退したジェラールが、これでワイン造りに専念できる!とあらたに取得した畑は、ゲヴュルツトラミネール、ミュスカ、シルヴァネール、シャスラとアルザスのありとあらゆる品種が混植されている昔ながらの高樹齢の畑。アルザスには、エデルツヴィッカー(ドイツ語で高貴なブレンド)というアッサンブラージュ(ブレンド)が許されたワインがあるが、このワインは、後からブレンドするわけではなく、様々な品種が収穫の時点で一緒に収穫され、造られるワイン。
抜栓直後はやや揮発酸のニュアンスを感じるものの、時間の経過とともに柑橘の皮や桃の果肉の風味、塩っぽさを感じるミネラルなどが前面に出てきて、果実味が感じられるようになります。引き締まった酸味としっかりとドライな飲み口に、じっくりと余韻から様々なアルザスの品種のニュアンスが重層的に感じられます。
このワインには、白身魚、イカ、帆立、つぶ貝などのカルパッチョや、スダチを絞った刺し身、塩で食べる天ぷら、白身魚の清蒸(蒸した魚にネギと生姜を効かせたタレをかけた料理)、ベトナム風生春巻きなど、柑橘やハーブの爽やかな風味をまとった料理や、新鮮な魚介を使った料理が相性が良いです。もちろん、定番のキッシュ・ロレーヌやシュークルートなどもおすすめです。
このワインは、ビオロジック(認証取得に向けて転換期間中)で栽培されたブドウを用い、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。
抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。
Auxerrois / オーセロワ

ヴィンテージ:2020
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:オーセロワ 100%
2020年は、非常に暑かった年で、結果としてアルコール度数も高く、力強い味わいのワインとなりました。ただ、強さをただ重いだけのワインにしないために、使用されているブドウの50%にマセレーション(醸し)を行いました。結果、ゆるいところのない焦点のしっかりと定まった美しい構造のワインとなり、非常に安定したバランスに仕上がりました。
香りには、中国茶のようなエキゾチックなニュアンスがあり、ライチのような厚みのある果実の香りが加わります。果実味も凝縮しつつ、シャープな輪郭があり、余韻にたっぷりと旨味を感じます。
抜栓当日よりも3日目頃からが絶好調で、奥に秘めていたミネラル感が前面に感じられ、紅茶のような風味も加わって複雑な表現力を持ったワインになります。酸化的なニュアンスは一切感じさせず、安定した味わいがその後も続くので、安心して長い時間をかけて飲んでいただけるワインです。
このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを手摘みで収穫し、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られました。
Gewurztraminer STZ Coccinelle / ゲヴュルツトラミネール エステーゼッド コクシネル

ヴィンテージ:2022
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:ゲヴュルツトラミネール100%
キュヴェ名のSTZは、アルザス地方マルレンハイムのグラン クリュ(特級畑)の1つであるSteinklotz(シュタインクロッツ)に由来するイニシャルのようなものです。
ごくごく小さな面積しか持たないドメーヌ プティ プセですが、その僅かな面積の中にこの恵まれた区画が含まれており、このワインはシュタインクロッツの畑に植えられたゲヴュルツトラミネールから造られます。
グラン クリュ(特級畑)という恵まれたテロワールに植えられたゲヴュルツトラミネールから造られるワインは、余韻に甘さを残すこともありますが、このワインは100%ドライ。その理由は、ブドウの果皮と果汁を浸漬させるマセレーションを行っているからです。結果として、色調はオレンジがかったゴールドとなり、ダージリンの紅茶を思わせる気高く華やかなアロマとどこかエキゾチックなフレーバー、たっぷりと広がる果実の旨味を備えたワインとなりました。
このワインに関しても、抜栓当日よりも3日後くらいからその真価を感じられるようになり、それ以降も大きく崩れることなくそのポテンシャルを見せつけてくれます。
このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを手摘みで収穫し、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られました。