Les Bois Perdus – Chap.08

試飲の後

レナはね、偉大なワインを造りたいんだ。彼女は完璧主義者だからね。

Alexis Robin /アレクシ ロバン

マダム ルロワを知ってるか?

「ねえ、マダム ルロワって知ってる?」

ある日の夜、妻が唐突にそんなことを尋ねてきた。

「もちろん知ってるけど、どうして?」

妻によると、なんでもマダム ルロワが昨今の自然派ワインを「でたらめだ」と痛烈に批判している投稿がSNSで流れてきて、それに興味を惹かれたのだという。

その投稿を見せてもらうと、要するに「自然であることを言い訳にして、品質に難のあるワインを世に出すことは許しがたい」といったような内容だった。

「まあ、マダム ルロワなら言いかねない台詞だね」

ドメーヌ ルロワ、そしてドーヴネ

彼女が手がけたワインを口にした数少ない経験から言わせてもらえば、あれは一つの芸術作品のようなものだし、自然なワイン造りが行き着く果ての、ある種の究極の姿であることに間違いはない。

「ただね、こうした投稿には必ず仲介者の意図が混じり込んでくるものなんだ」

マダム ルロワのことを「自然派を非難する人」だなんて誤解してほしくなかった私は、ちょっとしたエピソードを彼女にシェアすることにした。

「昔、ある自然派ワインの造り手たちが集まる試飲会があったんだ。」

「そこにマダム本人が参加していて、それだけでも十分に驚くべきことなんだけど、そういう場では、造り手同士がお互いのワインを交換し合うという、ちょっとした儀式みたいな習慣があるんだよね。」

「それで、ある造り手が、ぜひマダムに飲んでほしいと自分のワインを差し出した。すると彼女は、ごく当然のことのように、自分が造ったワインを手渡してくれたらしい」

言うまでもなく、交換された二つのワインの市場価格には、天と地ほどの開きがある。

0の数がいくつか違う。

でも、マダムは同じひとりの「造り手」として、自分のワインと彼のワインを等価のものとして交換した。

同じように両手を泥だらけにし、予測のつかない気まぐれな自然と向き合いながら、どうにかして素晴らしいワインを生み出そうと奮闘している仲間に対して、それは彼女なりの、敬意の表明だったのだと思う。

そんな振る舞いができる人が、単なる自然派ワインの批判者であるはずがない。

アレクシ畑にて

アルデッシュの地から偉大なワインを

どうしてこんな話をしたかというと、このエピソードを耳にしたあと、そんなマダム ルロワに飲んでもらいたいワインに出会ったから。

そのワインは、世界で最も高い値段がつく産地ブルゴーニュの対極ともいえる、フランスで最も評価が低いとされるアルデッシュ地方のものだった。

造り手の名前はレ ボワ ペルデュ

レナとアレクシの二人が切り盛りしている、小さなドメーヌだ。

2019年にスタートしたレ ボワ ペルデュは、今まさに「第二章」とでも呼ぶべき新しいフェイズに突入している。

最初は他の農家から買い付けたブドウでワインを造っていたのだけれど、2021年に自分たちの手で植樹した若いブドウの樹が、奇跡みたいに見事な実をつけ始めた。

そして2023年からは、その自家栽培のブドウを使ったワインを少しずつ造り始めたのだ。

それに伴って、レナは主に畑の仕事を、アレクシは醸造と販売を、というふうに役割分担も明確になり、二人が生み出すワインの味わいにも、はっきりとした変化の兆しが感じられるようになった。

2025年にアレクシが日本にやって来たとき、彼は私にこう語った。

「レナはね、偉大なワインを造りたいんだ。彼女は完璧主義者だからね。」

「なるほどね」

レナという人物を知っていれば、その言葉が嘘偽りのない、真面目なものであることはよくわかる。

でも、彼女たちのことをよく知らない人間からすれば、評価の低いアルデッシュの土地で、経験もそれほど長くなく、おまけに畑のブドウだってまだまだ若い、そんな造り手が「偉大なワインを」と口にしたところで、いったいどこまで本気にするだろう?

畑に向かうレナ

マダムに飲んでもらいたいワイン

話は再び、わが家の食卓に戻る。

いつものように、これからリリースされる予定のワインの試飲をしていたときのこと。

あるワインをグラスに注ぎ、その香りを嗅いだ瞬間。
そして、それを口に含んだ時。

「これは、マダム ルロワに飲んでもらいたいワインだな」

と本気で、そう思った。

世間の評価がどうであろうと、そんなことは関係ない。

真剣に、偉大なワインを作ろうとする造り手の想いが昇華した瞬間だった。

「きっとマダムは、このワインを好きだと言ってくれるよ」

すっかりマダム ルロワの存在が気になり始めている妻に向かってそう話しながら、グラスを重ねるたびに深く頭を抱え込むことになった。そんな夜だった。

はじめてみたレナの照れ笑い

その後日談。

レナとアレクシのもとを訪ねたとき、彼女らにこう切り出した。

「このワインはね、ドメーヌ ルロワに通じるものがあるよ」

率直な感想だった。でも、彼女たちはマダム ルロワを知らなかった。

「そうだね、たとえばDRC(ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ)みたいなワインって言えばわかりやすいかな」

そう言い換えると、いつもクールなレナが、少しだけ照れたような笑みを浮かべてこう言った。

「ありがとう」と。

個人的には、DRCのワインとマダム ルロワのワインとでは、そこから感じられるエモーションの質がまた違うのだけれど。

でもまあ、それはまた別の話。

JO

+造り手詳細

Polichinelle / ポリシネル

ヴィンテージ:2023
タイプ:白
産地:フランス コート デュ ローヌ地方
品種:ルーサンヌ、マルサンヌ、グルナッシュ ブラン

キュヴェ名のポリシネルは「イタリア笑劇や人形劇での道化役」の意味。2023年のこのワインは、彼女たちの畑に2021年に植樹され、自分たちで栽培したルーサンヌ、マルサンヌ、グルナッシュ ブランから造られる白ワインです。

グラスに注ぐと、まずゴールドを帯びた輝きのある美しい色調が目に飛び込んできます。香りには、草原のハーブを思わせる爽快さと、レモンやグレープフルーツといった柑橘の風味が豊かに広がります。口に含むと、まろやかで厚みのある果実味があり、余韻に感じる引き締まったミネラル感が全体をシャープな印象にまとめてくれます。心地よいボリュームと質感があり、品の良いほろ苦さも感じられ、若木とは思えない、大人っぽさのあるバランスにまとまっています。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、その果皮等に自生する自然酵母で発酵させ、厳密な清澄や濾過(ろか)を行わず、瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)無添加で造られました。

抜栓翌日になっても、バランスを崩すことなく安定した味わいを楽しませてくれます。

Embrasse-Moi / アンブラッセ モワ

ヴィンテージ:2024
タイプ:赤
産地:フランス コート デュ ローヌ地方
品種:グルナッシュ 100%

キュヴェ名のアンブラッセ モワは、フランス語で「キスして」という意味で、ちょっとキュンとさせられるエモーショナルなネーミングのワインです。短いマセレーション(醸し)期間と優しい圧搾によって生まれた淡い色調の赤ワインですが、飲み心地の良さの中にも複雑さを持つワインがコンセプト。2024年のこのワインは、彼女たちの畑に2021年に植樹され、自分たちで栽培したグルナッシュ 100%で造られています。

このワインに関して、まず驚かされるのがその香り。妖艶でアンニュイ、華やかながらも大人っぽさが加わり、野バラをイメージさせるような力強さも感じます。とにかく、溢れんばかりの香りがグラスから立ちのぼり、その魅力にぐっと引き込まれます。また、淡く艶やかな赤色の色調も印象的で、48時間というゆっくりと時間をかけて直接圧搾(ダイレクトプレス)して造られたこのワインは、柔らかなタッチと、繊細かつ複雑な果実味、余韻の長さを備えた、素晴らしいバランスの仕上がりとなりました。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、その果皮等に自生する自然酵母で発酵させ、厳密な清澄や濾過(ろか)を行わず、瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)無添加で造られました。

繊細なバランスのワインのため、抜栓当日中にお飲みいただくことをオススメします。

Elle Tremble / エレ トランブル

ヴィンテージ:2023
タイプ:赤
産地:フランス コート デュ ローヌ地方
品種:メルロー 100%

キュヴェ名のエレ トランブルは、フランス語で「彼女は震えている」という意味。レ ボワ ペルデュの初ヴィンテージからリリースされているこのキュヴェは、初めての年に起こった思い出のエピソードにちなんで名付けられました。

初ヴィンテージとなった2019年、発酵中のこのキュヴェが、冬の気温低下でその発酵を止めてしまった(造り手としては非常に心配な状態の)まさにその時、この地域では珍しい大きな地震が発生しました。ところが、その地震が起こったまさにその時から、止まっていた発酵が再開したのです。この大地の震えによって、ワインが救われたことから「エレ トランブル(彼女は震えている)」と名付けられました。フランス語で「大地」は、la terre(ラ テール)という女性名詞なので、「彼女は震えている」という名前につながるわけです。

ドメーヌの顔ともいえるこのキュヴェは、2023年より「第2章」ともいえる新しいフェイズのワインとなりました。というのも、2023年初頭に彼女たちのドメーヌがあるオービニャ村に、1haのメルローの畑を新たに取得したことがきっかけです。テロワールが大きく刷新されたことにより、これまでの高い濃縮度、太陽のニュアンス、カカオや、コンフィチュールを思わせる「熱を蓄えた」スタイルから、冷涼さと暑さ、みずみずしさと果実のコクといった、絶妙なバランス感覚を備えたワインとなりました。

ダークチェリーやプラムといった肉厚な黒系果実の妖艶なアロマをベースに、ミントやローズマリーなどの上品で清涼感のあるニュアンスも加わります。口に含むと、ザラつくようなタンニンは完全に排除されていて、シルキーなテクスチャーと、芯のあるミネラル感、しなやかながらも風格を感じる構成を楽しむことができます。

この「飲み心地は良いが、複雑さも兼ね備えたワイン」というレ ボワ ペルデュの理想を実現するために、このワインに関しては、半量のブドウを黒ブドウにも関わらず直接圧搾(ダイレクトプレス)し、もう半量を除梗し、その果粒を直接圧搾した果汁に浸け込むという手法で造られています。さながら紅茶の抽出のようなこの手法は、伝説的な醸造家であるジャン=マルク ブリニョ氏が実践していたとされ、鈍重になりやすい黒ブドウで飲み心地の良さと複雑さを両立させる方法としてジル アゾーニのアドバイスにより採用され、現在もその手法が維持されています。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、その果皮等に自生する自然酵母で発酵させ、厳密な清澄や濾過(ろか)を行わず、瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)無添加で造られました。

抜栓翌日になっても、バランスを崩すことなく安定した味わいを楽しませてくれます。