「バイクでスピードを上げていくと、だんだん視野が狭くなるって言うだろ、僕はそうは思わないんだよね。アクシデントがあっても、全てがスローモーションで見えるし、バイクが身体の一部のような感覚になって、身体がどう動けば良いか自分でわかっているように動くし。ほんの数秒の出来事なのに。」
フィリップ ジャンボンの家に泊めてもらったとき、妻のカトリーヌが教えてくれた。
「ブノワは、きらびやかな成功を求めて生きているわけじゃないわ、豊かな自然に囲まれ、大好きな音楽に囲まれた暮らしを本当に愛して、多くを求めていないの。」
彼のワイン自体は、以前から何度か飲む機会があった。
いつもサンスフル(亜硫酸無添加)で仕上げていて、自然派ワインの最大の魅力だと思う「純粋さ」をいつだって感じさせてくれる、素朴で柔らかい味わいのワイン、そういう印象は抱いていた造り手だった。
まずは会いに行ってみよう。
思い立って向かったのは、ボジョレー地方と言ってもかなり南側で、むしろリヨンの街にほど近いヴィレフランシュ=シュール=ソーヌという街。そこで昼食を一緒に食べた後、彼のセラーのあるラ ヴァレンヌという村に向かうことになる。
いつものように「畑を見たい」と伝えると、「畑が色んな場所に点在しているから車で行くには不便でね」とキャンピングトレーラーを畑の真ん中に置いた彼の自宅に向かった。
事前にカトリーヌから、キャンピングトレーラーで暮らしているという話は聞いていたけど、いざ目の当たりにするとやっぱりすごいなと思ってしまう。トレーラー内は、ベッドやシャワーやキッチン、暖炉も整備されていて、ミニマムに暮らすに必要なものは全て揃っていた。
「家を借りてもいいんだけれど、僕にはこれで十分だし、快適だし、環境も良いし、何より安いしね。」
そこで、ヘルメットと厚いジャケットを渡されて、ブノワが運転するバイクに乗り換える。彼の背中にしがみつきながら出発し、畑ツアーが始まった。


ものすごい加速と大きくGを感じる減速を何度が繰り返しながら、いくつかの畑を巡った。季節はまだ冬の名残があって春を迎えたばかりだったけど、畑に緑が絨毯のように広がりはじめていて、素直に気持ち良いと感じさせてくれる。
ブノワ カミュの畑は、セラーのあるラ ヴァレンヌを中心にいくつか点在していて、そのほとんどがガメイが植わっていて、ごく少ない面積の畑にシャルドネも植わっている。
限られたエリアに点在しているにもかからず、その畑が見せる表情は多様で、赤い砂質土壌から、かつて川だった名残が見られる研磨された丸石の区画、黄色い小石が多い区画など、その多様さがワインの表情の多様さを生んでいるという。
いくつかの区画のガメイは樹齢が非常に高く、80-100年ほどの畑もある。高樹齢の区画は収穫量も少なく、平均的に20hl/haほどに抑えられ、高樹齢・低収量のガメイから生まれるワインには、複雑味と凝縮感が備わる。
こうして、いつも造り手を訪ねるときは畑を見たいと必ずお願いするが、実はその畑を見たからといってワインの品質や造り手の実力がわかるわけではない。ただなぜか、どんな造り手もセラーで一緒に試飲している時よりも、一緒に畑を歩いているときのほうが幸せそうな顔をしている。そんな顔見たくて「まずは畑に」とお願いしてしまう。

セラーでの試飲にうつると、その雑然とした空間の中で生まれるワインの奔放な味わいと、同時に備えている破綻のなさにただただ驚かされる。とんでもなくアクセルを踏み込んでいて、それでいてきっちりとカーブを曲がりきるコントロール。絶妙なタイミングで加速と減速を繰り返した結果生まれた…そんなスタイルのワインばかりだった。
ざっくりと番号だけがふられたセメントタンクのワインを順に試飲しながら、都度感想を求めれる。それでいて、こちらのワインの評価自体にはそこまでの関心がなさそうで、「美味しいと思ったらそれが君のためのものだよ」と言い、「僕と君とで感覚は違う、同じ人間でも昨日と今日でも違うんだから」とワインを感じるその瞬間にもライヴ感を大切にしているのだと感じた。
ブノワのワインは、原則全てサンスフル(亜硫酸無添加)で、自然派ワインらしい表情の豊かさがある。タンク一つ一つ、ボトル1本1本ごとに表情が異なり、それはさながらライヴ音楽のようで、この躍動感こそが自然派ワインの最大の魅力だと思っている僕は、思わず微笑んでしまう。
と同時に、ワインに不安定なところが無いのに驚かされる。この混沌としたセラーで、アグレッシヴな性格の彼が、完全にナチュラルな手法で手掛けるワインたちが、どれもきっちりと焦点が定まっていて破綻がない。
ワクワクさせてくれる奔放さや、ある種の危うさは感じられるにも関わらず、最後には調和がとれている。自由さと緻密さが交錯する表現、それはさながらジャズにおける高度なインプロビゼーション(即興演奏)だと感じる。


音楽をこよなく愛するブノワは、試飲会にもギターやヴァイオリンを携えて登場する。試飲会場で演奏する姿こそまだ見たことはないものの、試飲会がどこか間延びしてきたタイミングで、颯爽と音楽を奏ではじめる姿は、容易に想像できる。
「何か楽器をやってた?一緒に演奏する?」と誘われたりもしたけれど、20年近く楽器に触れてこなかった自分は怖気づいて、「練習しとくよ」と断ってしまった。友だちに嘘はつきたくないから、本当に練習を始めようと心に誓う。
音楽と自然派ワインには通底するものがある。特にジャズのライヴのような、その瞬間に生まれては、空気の中に溶け込んで消えていく音楽は、演奏者だけでなく聴衆の心身の状態もその完成度に影響する儚くもかけがえのないもの。
ジャズの世界には、interplay(インタープレイ)という言葉があって、そのものの意味としては「相互作用」や「交錯」という意味で、転じて「優れたプレイヤーたちが、互いに触発し合いながら、素晴らしいインプロビゼーション(即興演奏)を生み出すこと」を指す。
ブノワ カミュは、自然、畑、土、ブドウ樹という優れた共演者たちと、最高のインタープレイを実現している。でも、彼の曲が本当の意味で完成するのは、僕たち飲み手が彼に共鳴して、この演奏に加わるときかもしれない。
目の前のボトルを通じて。





VDF Blanc La Clé des Sols / ラ クレ デ ソル

ヴィンテージ:NV (2018)
タイプ:白
産地:フランス ボジョレー地方
品種:シャルドネ 100%
ブノワ カミュは、ごく限られた面積の区画から少量のシャルドネを栽培していますが、2018年はこのシャルドネを赤ワインの手法である果皮と果汁を浸漬させるマセレーション(醸し)を5日間にわたって行い仕上げました。フィルターもかけず、亜硫酸塩(酸化防止剤)も添加せずに仕上げられたこのワインは、明るいゴールドの色調と霧のようにボトル内で舞う細やかな澱(おり)が印象的です。
抜栓直後は、やや香り立ちは控えめで、奥のほうにごくごく僅かな還元香(火薬や硫黄を思わせる香り)がありますが、十分に空気に触れさせることですぐに還元香は感じられなくなり、かわって蜂蜜やパイナップルなどの香りが感じられます。
飲み口はドライで、マセレーション(醸し)によって果皮から抽出されたタンニン分と旨みが、引き締まった印象の味わいにしています。時間の経過とともに果実味の柔らかさが表に出てくるようになり、重奏的に様々な表情を見せてくれます。
しっかりとしたボリュームとリッチさがありつつも、飲み疲れすることはなく、引き締まったボディから徐々に姿を見せるチャーミングさが好印象です。
抜栓翌日もワインは大きく崩れることはなく、香ばしさがやや弱まり、果実の柔らかな風味がより感じやすいバランスとなります。
VDF Rouge Château Roulant / シャトー ルーラン

ヴィンテージ:NV (2018)
タイプ:赤
産地:フランス ボジョレー地方
品種:ガメイ 100%
ブノワ カミュの赤ワインは、基本的には区画ごとにキュヴェを分けておらず、ブドウが適切に熟したと判断したタイミングで適宜収穫したものを発酵タンクに詰めていきます。そうして造り分けられたいくつかのタンク内のワインは、起源(オリジン)としては同じ地域・品種であるものの、それぞれが異なった成長をとげます。そして、瓶詰めされた後に、いくつかのバリエーションのエチケット(ラベル)をその時々に選び、貼付して出荷されます。
今回入荷したシャトー ルーランは、抜栓直後から外向的な性格で、ガメイらしいチャーミングな果実味がぎゅっと詰まった、エネルギーあふれる味わいです。黒系果実を思わせる風味と厚みのあるボディを備えながらも、すっと身体に染み込むような飲み心地もあります。
時間の経過とともによりいっそう風味が開いてくるので、欲を言えばもう少し旅疲れを休ませてあげたいところです。すぐに抜栓する場合は、抜栓前にワインの温度が15-16度ほどになるまで調整した上で開けるのがおすすめです。ワインが低い温度のままで抜栓すると、味わいがぐっと内向的で閉じたものになります。
瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)は添加されておらず、ピュアで素朴でナチュラルな味わいのワインですが、抜栓後も不安定な面は感じさせずに3日目ごろまで美味しく飲めます(3日目で飲み干してしまったので、それ以降は不明です)。
ちなみにキュヴェ名のシャトー ルーランは「ルーラン城」という意味ですが、同時にエチケット(ラベル)に描かれているのは、畑のなかに置かれたキャンピングトレーラーとその前でギターを奏でる人物。これはまさに、ブノワ カミュ本人とその自宅の絵で、そこはまさに、彼にとっては「城」なんだと思わせてくれる素敵なデザインだと思います。
VDF Rouge Le Vagabond / ル ヴァガボン

ヴィンテージ:NV (2018)
タイプ:赤
産地:フランス ボジョレー地方
品種:ガメイ 100%
ブノワ カミュの赤ワインは、基本的には区画ごとにキュヴェを分けておらず、ブドウが適切に熟したと判断したタイミングで適宜収穫したものを発酵タンクに詰めていきます。そうして造り分けられたいくつかのタンク内のワインは、起源(オリジン)としては同じ地域・品種であるものの、それぞれが異なった成長をとげます。そして、瓶詰めされた後に、いくつかのバリエーションのエチケット(ラベル)をその時々に選び、貼付して出荷されます。
今回入荷したル ヴァガボンは、抜栓直後は少しシャイな面持ちのワインですが、じっくりと空気に触れさせてあげることで、しなやかで柔らかい風味がぐっと引き出される女性的な印象のワインです。
はつらつとした印象のシャトー ルーランに対して、しっとりしみじみと旨みを感じさせてくれるタイプで、しなやかな果実味とバランスのよい酸味、余韻の柔らかさなどが心地よいワインです。
時間の経過とともによりいっそう風味が開いてくるので、欲を言えばこちらも少し旅疲れを休ませてあげたいところです。すぐに抜栓する場合は、抜栓前にワインの温度が15-16度ほどになるまで調整した上で開けるのがおすすめです。ワインが低い温度のままで抜栓すると、味わいがぐっと内向的で閉じたものになります。
瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)は添加されておらず、ピュアで素朴でナチュラルな味わいのワインですが、抜栓後も不安定な面は感じさせずに3日目ごろまで美味しく飲めます(3日目で飲み干してしまったので、それ以降は不明です)。
キュヴェ名のル ヴァガボンは「放浪者」の意味。エチケット(ラベル)に大きく描かれたギターを肩に、自分らしく自由に生きたいと願うブノワ カミュの想いが込められたワインです。
VDF Blanc L’OXYDA-PIF / ロキシダ ピフ

ヴィンテージ:NV (2014-15)
タイプ:白
産地:フランス ボジョレー地方
品種:シャルドネ 100%
「香りはジュラみたいで、味わいにはミネラル」と書かれたこのキュヴェは、2014年と2015年に収穫されたシャルドネから造られたワインをアカシアの樽で4年以上熟成させ、その熟成途中に自然と目減りする分をウイアージュ(補酒)することなくジュラ地方の伝統的ワインであるヴァン ジョーヌのように仕込んだワインです。
「香りはジュラのようで…」と書かれているだけあって、ヴァン ジョーヌやシェリーを思わせるような力強く個性的な香りがある一方で、「味わいにはミネラル…」とあるように、酸化的なニュアンスや香ばしい旨みと同居して、どこかすっきりとした味わいがあり、若々しく生き生きした印象も受けます。
瓶詰めに至るまで亜硫酸(酸化防止剤)の添加は行わず、長い忍耐を経て生み出されたこのワインは、ジュラの同様なスタイルのワインと見劣りしないばかりか、テロワールの異なるボジョレーという土地だからこそ得られたであろう唯一無二の個性も備え、成熟した深みと複雑味に硬質なミネラル感を併せ持ったワインに仕上がっています。
インスピレーションでこのワインを造ってみたというブノワ カミュ。当の本人も大好きだというこのワインですが、生産性は非常に悪く「造るのに4-5年かかっちゃうからね」とブノワ自身も愛おしそうに飲んでいました。
キュヴェ名のL’OXYDA-PIF(ロキシダ ピフ)は酸化したという意味のOxydatif(オキシダティフ)とワインという意味も持つPIF(ピフ)をかけて名付けられています。