Xavier Marchais – Chap.03
アンジュの地を離れることにしたんだ。福岡正信の思想をより深く実践するにはこの場所では限界があるように感じたから。ブドウを植えるまえに他の植物を植えるよ。羊も飼わないとね。
Xavier Marchais / グザヴィエ マルシェ
飲んだ瞬間に感じる高いテンション。「これこれ!」と思わず声を上げてしまうこの味わいは、グザヴィエ マルシェが手掛けたワインならではの味わいです。
ロワール地方アンジュの地には、多くの自然派ワインの造り手がいますが、これくらいテンション高く、そしてアイデンティティがしっかりとしたワインを造っている造り手と言えば、パトリック デプラ、ジェローム ソリニー、グザヴィエ マルシェと…あと何人かしかいません。
今回リリースする3種類の白ワインも爆発的なエネルギーとエモーションを秘めたワインたちで、そのコンディションを整え、ポテンシャルが見えるスタートラインに立つまでに日本に到着してから1年あまり熟成させることに。
この間、折に触れて試飲を重ね、その力強くも繊細な表現がゆっくりとマーブル模様のように混ざり合い、美しい姿になっていくのを感じました。
そして今!どのワインも本当に良い状態になったと思います。 もちろん、さらなる熟成のポテンシャルも充分です。
この個性、このテンションはどこから生まれるのか…
自然を表現しようと造り手たちが奮闘する自然派ワインが行き着く先には、なぜかその造り手の人柄、生き様が投影される。というのは、私の個人的な考えであり想いですが、そもそもワインに投影する生き様がなければ、鬼気迫る迫力をワインに込めることも不可能です。
パリでコンピューターエンジニアとして働いていたグザヴィエが、それまでの暮らしを全て投げ売ってロワールに移り住み、ヴィニュロン(ブドウ栽培者・ワイン生産者)となった。アンジュの地を選んだのは、畑が手頃な価格で手に入ることとマルク アンジェリやオリビエ クザンなど先駆者たちの支援があったからだとか。
そんな彼の思い切りのよさ、自らの信念を信じきる心、物質的な豊かさに執着しない姿勢が、彼にブドウや自然の力をとことんまで信じさせ、その結果を委ねることで、あの高いテンションをワインにもたらしているのだと感じています。
さらなる「自然」という理想を求めて、0からの再スタート
過去や現在の成功に執着せず、自らの理想を追求するグザヴィエは、今年また大きな決断をしました。
ロワール地方アンジュの地で10年あまり続けていた畑のほとんどを、かつてオリビエ クザンがそうしたように、この地域で自然派ワイン造りを志す若者に譲り、自身はフランスの中南部リムーザン地方に移住しました。
この地域は、ブドウの栽培が盛んな地域というわけでなく、どちらかと言えば牛を始めとした牧畜が盛んな地域です。
この新天地で彼が取り組もうとしていることは、日本の農業家であり、思想家であるとも言える福岡正信氏が提唱した自然農法の考えを取り入れた農業です。
福岡正信氏の自然農法の概念をこの短い文章で説明することは大変困難ですが、様々な植物のほか、昆虫やミミズなどの環形動物を含む動物、微生物などの多様な生物の営みに寄り添い、「無農薬・無肥料・不耕起」を原則として作物を得るという農法です。
実はヨーロッパの多くの自然派ワインの造り手やビオの農業家が、福岡正信氏に尊敬の念を頂いていて、彼の著作のひとつである「わら一本の革命」の話は、あらゆる機会に話題にのぼります。
グザヴィエ マルシェは、この新天地で、いきなりブドウを植樹することはせず、他の果樹や樹木など多様な植物を植えることからその仕事をはじめるといいます。
ブドウの品種に関しても様々な品種の混植になり、剪定に関してもワイン用のブドウ栽培で一般的な低い仕立てにはしないだろうと話してくれました。ゆくゆくは羊などの動物を畑に放ち、多様な動植物が共生する環境を作っていきたいといいます。
この気が遠くなりそうな時間のかかる計画を聞いた時、それでも私はすぐに彼の意志に共感しました。
この自然農法の考えをブドウ栽培に取り込むには、アンジュという地域はあまりに「密」だったのだと思います。
アンジュ地区のブドウの推定栽培面積は2,490haにおよぶと言われていて、実際この地域を訪問すると見渡す限りのブドウ畑に圧倒されます。土地も比較的平坦で、象徴的なロワール川をして、ある造り手は「フランスでもっとも汚染された川、ロワール川流域にようこそ」と冗談めかして語ります。
自分自身の限られた面積の畑でいかに生物多様性を豊かにしようとしても、隣接する環境をすぐに変えることはできません。一方でモノカルチャーな環境では、病害や人間に不都合な菌やウィルスはすぐに広がっていきます。
そこでグザヴィエは、たとえ時間がかかろうともブドウがほとんど栽培されてこなかった地域で、環境を一から整えていくという挑戦に賭けたのだと思います。
このプロジェクトの行く末は、非常に楽しみです。しかし、相当な期間にわたってグザヴィエ マルシェのワインが飲めなくなるのは残念でもあります。
今後しばらくは、ロワールの造り手や他の地域の造り手からブドウを買って、ワイン造りは続けるつもりとのことでした。
今後どう彼が進化していくかわかりませんが、残されたアンジュの地で醸したワインたちは、グザヴィエ マルシェのひとつの時代の証として、大切に飲んでいただきたいと思います。
Elixir de Jouvence / エリクシール ドゥ ジュヴォンス
ヴィンテージ:NV(2019)
タイプ:白
産地:フランス ロワール地方
品種:シュナン ブラン 100%
おなじみ「若さの霊薬」と名付けられたエリクシール ドゥ ジュヴォンス。前年の2018年に関しては、黒ブドウのピノ ドニスを加えロゼワインでしたが、2019年は再びシュナン ブラン100%の白ワインに戻りました。
このワインでまず印象的なのはビシッと1本筋の通ったミネラル感で、美しい酸と一緒にエネルギーあふれる果実味をしっかりと引き締めてくれています。グザヴィエ マルシェらしい香ばしさと旨味感はありますが、ふわふわしたところはなくフォーカスの定まった味わいです。
日本到着から充分と落ち着かせたかいあって、当初はグラスから溢れ出していたエネルギーが、まとまりを見せてくれています。残糖はなく、真っ直ぐな味わいのワインですが、同じ地域の同じ品種のワインにはなかなかない、個性と表現力を備えています。
グザヴィエ マルシェが手掛けるワインですので、自然酵母のみで発酵させ、厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰めに至るまでもちろん亜硫酸塩(酸化防止剤)無添加で造られています。抜栓後も安定していて、翌日以降も大きく崩れることはなく、良いバランスの味わいを楽しませてくれます。
Fantasmagorie / ファタスマゴリ
ヴィンテージ:NV(2019)
タイプ:白
産地:フランス ロワール地方
品種:シュナン ブラン 100%
おどろおどろしいエチケット(ラベル)とファンタスマゴリという名前。ファンタスマゴリは、18世紀末にフランスで発明された幻灯機を用いた幽霊ショーのことですが、1908年に発表された世界初と言われるアニメーション映画のタイトルでもあります。
このワインは、1981年に植樹された樹齢の高い白ブドウのシュナン ブランを用いて、赤ワインを仕込むのように果皮を果汁に浸漬させるマセレーション(醸し)を8ヶ月行いました。また、瓶詰めの際には澱(おり)をあえて取り除かずにワインに厚みを加えることを意図しました。
褐色に近いオレンジの色調と、スモーキーな香り、若干の揮発酸のニュアンスに、圧倒的なまでの情報量を備えた果実味ととにかく表現力とエネルギーが爆発しているワインで、時間の経過とともに幾重にも感じられる複雑な味わいがあり、力強い個性と骨太な旨味を備えているワインです。
造り手曰く、非常に長期の熟成にも耐えられる力があるとのことで、そのポテンシャルは、一口味わうだけで「確かに」と納得できる深みがあります。
日本に到着当初は、さながらビックバンのようなエネルギーの多さが高速かつ強力に動き回っていた印象がありますが、今回リリースのタイミングでは、その溢れんばかりのエネルギーが相互に引き合って、とある安定軌道に乗ってきているのを感じます。
グザヴィエ マルシェが手掛けるワインですので、自然酵母のみで発酵させ、厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰めに至るまでもちろん亜硫酸塩(酸化防止剤)無添加で造られています。
抜栓後も圧倒的な安定感を備えており、何日か経過したあともバイオリズム的な波の上下は感じますが、ワインとしての底が抜けることはなく、飲む度に喜びと驚きをもたらしてくれます。
Élixir Mystérieux / エリクシール ミステリュー
ヴィンテージ:NV(2015)
タイプ:白
産地:フランス ロワール地方
品種:シュナン ブラン 100%
エリクシール ミステリュー「神秘の霊薬」と名付けられたワイン。Mystérieux のはずがエチケット(ラベル)の表記が、Mytérieux となっているのはご愛嬌。
グザヴィエ自身が手掛けたシュナン ブランを用いて造られた白ワインを何年にもわたってウイヤージュ(熟成中に目減りしたワインを補う作業)を行わずに酸化的な環境で熟成させたワインです。
濃い褐色となった色調とシェリーを思わせる酸化的なフレーバーがあり、味わいの芯の部分には強靭なミネラル感があり、それをとりまくように重層的な旨味と果実味が広がっています。緩さはなく、非常に引き締まったシャープなバランスですが、余韻は非常に複雑で、まさに表現力の塊のようなエネルギーに満ちたワインです。
すでに長期の熟成を経ているので、ワインとしても重心の低い安定感があり落ち着いた存在感がありますが、同時にまだまだ熟成によって違った表情を見せてくれるような奥深さも感じます。
色々な意味で、グザヴィエ マルシェらしいワインで、誤解を恐れずに言うと、彼と初めて出会った時に衝撃を受けた2011年のレリクシール ドゥ ジュヴォンスを彷彿とさせる感覚があります。彼がいかにブドウに力を封じ込めているかを感じられる傑作。
グザヴィエ マルシェが手掛けるワインですので、自然酵母のみで発酵させ、厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰めに至るまでもちろん亜硫酸塩(酸化防止剤)無添加で造られています。
抜栓後も圧倒的な安定感を備えており、何日か経過したあともバイオリズム的な波の上下は感じますが、ワインとしての底が抜けることはなく、飲む度に喜びと驚きをもたらしてくれます。