Domaine Fischbach “Jean Dreyfuss” – Chap.10

どうしてペティアンを造ったのかって?一度、やってみたかったからさ。

Jean Dreyfuss / ジャン ドレフュス

やっぱり自然派ワインは「ライヴ」である

自然派ワインはライヴである。

自然派ワインとは何かを伝えようとしたとき、いつも「ライヴ」という言葉が思い浮かぶのです。

好きなアーティストのライヴに行くと、その瞬間、その場でしか味わえない空気や感動があり、その感動を分かち合える喜びに心が満たされます。これはワインから得られる感動にすごく似ているなと感じるのです。

そしてもう一つの「ライヴ」

自然派ワインが「生きている」という感覚は常にあって、私たちが目論んだり、想像したりすることとは無関係に、1本1本のワインは、歩き出したり立ち止まったりします。

今回は、自然派ワインは「ライヴ」であるということをあらためて気付かされたワインたちのご紹介。

クレマンの向こう側へ到達したペティアン

スパークリングワインにはいくつかの製法があり、なかでも最も目にするのは、シャンパーニュで知られる瓶内二次発酵。一方、自然派ワインの世界では「ペティアン」と呼ばれるスタイルも人気です。

ペティアンとは、発酵途中のワインを瓶に詰めて、そのまま瓶の中で発酵を完了させるスパークリングワインのこと。この発酵過程で自然に生じた炭酸ガスがワインに溶け込みます。

このアプローチであれば、糖分や酵母をわざわざ足さずに、100%ブドウだけで造ることができる。この点が、自然派ワインの造り手たちがこの手法を好む理由の一つです。

ただ、ペティアンにももちろん弱点はあって、たとえば、泡の具合がなかなか安定せず、強すぎたり、弱すぎたり、と気まぐれ。フレッシュで軽快ではあるけれど、反面、複雑さに欠ける感じも否めない。そして何よりも、自然酵母が気まぐれで、ワインを育ててみないことには、最終的にどんなワインになるのか、造り手でも見当がつかない。

飲み手としても造り手としても、ちょっとした冒険になるのがペティアンという存在です。

そんな悩みに、鮮やかに答えを出したのが、フランス アルザス地方の自然派の造り手たちの糖分も酵母も添加しない「クレマン ダルザス」です。

瓶内二次発酵で造られるスパークリングワインは、糖分や酵母をあとから足して造るのが普通で、この合理的な方法によってワインは安定します。しかし、アルザスの自然派の造り手たちのやり方は少し違っていて、糖分や酵母の添加ではなく、翌年に収穫されたブドウ果汁を使います。そうすることで、ワインが100%ブドウだけでできているという、ちょっと魅力的な純粋性を手に入れることができるのです。

しかも、そのワインが生み出す泡は驚くほど安定していて、気まぐれな自然派の泡という印象は皆無です。

率直に言うと、個人的には、この糖分も酵母も足さないで瓶内二次発酵を行うというスタイルに惹かれており、これまでペティアンを手に取る機会はあまり多くなかったのです。

そんな中、ある日ドメーヌ フィッシュバックを訪れたときのこと。ジャンがどこかいたずらっぽい笑みを浮かべながら、「キピック」というペティアンを持ってきたのです。

Kipik

それを見た瞬間、「クレマンを造っているのに、どうしてまた新しくペティアン?」と疑問が頭をもたげ、彼にその理由を尋ねると、「やってみたかっただけさ」という彼らしいシンプルな答え。

こうして、初めてキピックを口にしたとき、それは確かに美味しいワインではあったものの、やはりペティアン特有の「どっちつかず」な印象もあって、輸入しようという決断にはどうしても至れませんでした。

その後も、ドメーヌ フィッシュバックを訪れるたび、このワインを試飲することになります。「これがアルザスだから」と、彼はいたずらっぽい笑顔を浮かべ、彼が手掛けているほぼすべてのワインを試飲することが慣例なのです。

そして、キピック最後の試飲になったのが2024年の今年のこと。

「最後のデゴルジュマン」のロットを試飲して、そのあまりの変化に驚愕させられます。

その泡はいつものクレマンを凌駕していて、力強くかつきめ細やか。熟成が生み出した香ばしいニュアンスとリッチな存在感があり、それでいて自然派らしい柔らかさ、そして甘さを全く感じないドライな余韻の切れ味が素晴らしいバランスとなっていました。

その完成度にどうしようもなく笑うしかなく、「ああ、ワインって生きているんだな」と改めて思い知らされたのでした。

もうひとつの生きたワインと船旅の奇跡

もうひとつ「とびきりのライヴ」を見せてくれたワインがあります。

それはジャンのパートナーであるマリーが初めて造った赤ワインで、名前は「トニック」

ピノ ノワール100%のワインで、「友人たちが気軽に楽しめる軽快な一本」というのが彼女のコンセプトだったといいます。

tonik

初めてこのワインをタンクから飲んだとき、「なるほどね、まさにコンセプト通りだね」と膝を打ちます。その味わいは、確かに軽快で、親しみやすい。だけど、それだけじゃない。奥行きがあって深みのある味わいがその背後に広がっていました。

しかし自然派ワインの世界は時に予測不能なことが起こります。

2度目にこのワインを飲む機会を得たのは、それがボトリングされた直後のこと。この「トニック」は…しっかり還元してしまっていたのです。いわゆる「還元香」が顔を出して、ワインはその本質をマスクされてしまっていました。

マリーの表情も、なんとなく不安げでした。でも、私は「まぁ、これはよくあることだよね。ボトリング直後に少し還元するのは珍しくない。しばらく様子を見れば抜けてくるんじゃないかな」と楽観的でした。

しかし、次に試飲をした1年後、事態はむしろ難しい方向に進んでいて、還元香がさらに強くなってしまいました。マリーは本気で悩んでいる様子で、「どうしてこうなったのか、わからない」とこぼしていました。

しかし、ここで私の直感が働きます。

自然派ワインが輸送中の船旅で驚くほどポジティブに変貌することがある、という過去の経験が思い出されたのです。

もしかしたら、この還元、船旅が解決するかもしれない。

そう考えて、少量だけこのワインをオーダーし、日本に届いてから再び試飲することにしたのです。

その結果は、文字通り目を見張るものでした。

「あれ?」と思ったのが最初の感想で、鼻を近づければ、まるでクランベリーのような鮮やかで艶やかな香りがする。果実味はキュートで生き生きしていて、最初のコンセプト通り軽快だけど、複雑さもそっと表に出てくる。これがあの還元していた「トニック」とは、とても思えないという風味。

ちょっと鳥肌が立つような経験。

「ワインは生きている」を肌で感じた貴重な瞬間でした。

マリーの手掛けるトニックは、ジャンの手がける他のピノ ノワールとも全然違っていて、もっとヴィヴィッドで、もっと自由な雰囲気。飲み口は軽快で、それでいて飲み飽きないスムーズさがあります。さらに、驚いたのは抜栓してからの安定感だ。時間が経つごとに魅力を増し、決して崩れることがない。これには正直、私自身も驚きました。

「マリーやるじゃん」

残る謎は、ただひとつ。どうしてこのエチケット(ラベル)デザインなんだろう?という点。

マリーとジャン

+ 造り手紹介

Crémant d’Alsace Brut / クレマン ダルザス ブリュット

ヴィンテージ:NV
タイプ:泡
産地:フランス アルザス地方
品種:シャルドネ 60%、オーセロワ 40%

アルザスではおなじみの「原酒となるワイン+翌年のモスト(ブドウ搾汁)」で瓶内二次発酵されて造るクレマン ダルザスは、スパークリングワインの造り方としてもっとも好みのスタイルで、ペティアンのような抜栓してみないと仕上がりがわからないギャンブル感もなく、シャンパーニュ他の糖分・酵母添加によって生まれる力強い泡立ちが、繊細なニュアンスをマスクしてしまうこともない、ピュアで生き生きとした味わいが魅力です。

ドメーヌ フィッシュバックのクレマンは、品種がシャルドネとオーセロワということもあり、いわばブラン ド ブランで、爽快さとキレのよい飲み口、余韻の柔らかな果実味が魅力です。

飲み飽きることもなく、飲み疲れることもない。アペリティフから前菜、魚料理とどんなお料理にも相性良く寄り添ってくれるワインです。

使用しているブドウはビオロジックによる栽培で、瓶内二次発酵に際しての糖分添加も酵母添加も行わずに造られたスパークリングワインです。酸化防止剤(亜硫酸塩)に関しては若干量添加されています。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Kipik / キピック

Kipik

ヴィンテージ:NV (2021)
タイプ:泡
産地:フランス アルザス地方
品種:オーセロワ 50%、ゲヴェルツトラミネール 50%

ドメーヌ フィッシュバックのジャンが「造ってみたかったから」と挑戦したペティアン。ペティアンとは、発酵途中のワインを瓶に詰めて、そのまま瓶の中で発酵を完了させるスパークリングワインのこと。この発酵過程で自然に生じた炭酸ガスがワインに溶け込みます。

一般的にペティアンの弱点は、泡の安定性が低く、気まぐれな仕上がりになりがちな点と、軽快さの反面、複雑さに欠けることです。しかし、このキピックは長期の瓶熟成によって、クレマン以上の力強くかつきめ細やかな泡立ちがあり、熟成が生み出した香ばしいニュアンスとリッチな存在感があります。それでいて自然派らしい柔らかさ、そして甘さをまったく感じないドライな余韻の切れ味が素晴らしいバランスとなっています。

使用しているブドウはビオロジックによる栽培で、発酵途中のワインを瓶に詰めてさらに瓶内で発酵を促します。当然、糖分添加も酵母添加も行わずに造られたスパークリングワインで、厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Suff’Hic Blanc / スフィック ブラン

Suffihic!

ヴィンテージ:2022
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:オーセロワ 40%、シルヴァネール 40%、シャスラ 20%

ドメーヌ フィッシュバックのスタンダードレンジのキュヴェとして位置づけられた「スフィック」の白ワインバージョン。「スフィック」は「グビグビ飲めちゃう」のようなニュアンスの地元の言葉とかけて名付けられていると言います。

アルザス地方では、特に単一のブドウ品種ごとにワインが作られることが多く、ドイツのワイン造りにも通じる、品種や区画の個性を大切にする価値観が強く感じられます。一方で、カジュアルなキュヴェとして知られる「エデルツヴィッカー」などは、複数のブドウ品種をブレンドして造られます。このスフィック ブランもエデルツヴィッカー的な様々な品種の個性で補い合うことでよい味わいのバランスに仕上げたキュヴェです。

2022年の味わいですが、緑豊かな草原を思わせる爽やかなハーブの香りがまず感じられ、口に含むと果実味が鮮やかに広がり、高いトーンとしっかりとしたハイライトを感じさせます。美しい酸味が全体のバランスを引き立て、余韻に僅かに感じるヨーグルトの風海が魅惑的な一杯です。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Etn’Hic / エトニック

Ethnhic!

ヴィンテージ:2020
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:オーセロワ 100%

表ラベルと裏ラベルで微妙にキュヴェ名の綴りが異なりますが、これは「やっぱり読みづらいから」と綴りを変更していく途中で、印刷済みの旧綴りラベルのストックがまだ残っているからとのこと。

キュヴェ名の意味としては、エスニック(民族的・異国風)にを重ねて名付けられていて、白い花やヨーグルトのような華やかな香りと香ばしさがあるエキゾチックな風味が特徴のワインとなっています。

抜栓直後はわずかにガス感がありますが、ワインはみずみずしくクリーンな印象で、ヨーグルトのようなまろやかさを感じさせます。同時に、2020年は暑かった年で、リッチな果実味が全体を引き立てつつ、余韻にハーブのニュアンスが漂い、ほろ苦さが少々加わっています。可愛らしい果実味も含みながら、全体的には自立した女性の凛としたイメージが表現されています。

抜栓翌日になると、ぐっと大人っぽさが増し、ブルゴーニュのムルソーなどのシャルドネの銘醸地のワインを想起させるような奥行きのある味わいになります。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Muscat Ursprung / ミュスカ ウーシュプルン

ヴィンテージ:NV (2021-22)
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:ミュスカ 100%

このミュスカ ウーシュプルンは、収量も少なく難しいヴィンテージとなった2021年と近年の定番となった異常な暑さと乾燥に見舞われた2022年をブレンドすることで味わいの調和と生産量を確保したワインで、使用しているミュスカの40%をマセレーション(果皮を果汁に浸漬)して造られました。

表示アルコール度数が10%で軽快なワインに思えますが、ミュスカらしい華やかなアロマにベルガモットや柑橘類、アールグレイを思わせる爽快な香ばしさが加わった透明感のある大人っぽい風味で、力強い香りとしっかりドライな飲み口、優しく広がるクリーンな果実味と豊かな表現を備えています。

ほろ苦さを楽しむ春の山菜やハーブを効かせた料理、セロリをたっぷりつかったエビ焼売などと楽しみたくなる味わいです。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを手摘みで収穫し、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Pinot Gris Weinbalg / ピノ グリ ヴァインバルク

ヴィンテージ:NV (2021-22)
タイプ:白
産地:フランス アルザス地方
品種:ピノ グリ 100%

このピノ グリ ヴァインバルクは、収量も少なく難しいヴィンテージとなった2021年と近年の定番となった異常な暑さと乾燥に見舞われた2022年をブレンドすることで味わいの調和と生産量を確保したワインで、使用しているピノ グリの15%をマセレーション(果皮を果汁に浸漬)して造られました。

まず印象的なのは、リッチさを感じる香ばしさがあり、味わいにも凝縮したブドウの厚みある果実味が感じられます。と同時に、クリーンで純粋さを感じる旨味もあり、二面性を持ったワインという印象です。

バランスとしては、いわゆるフレッシュさやフルーティーさはなく、大人っぽい落ち着きと成熟した果実味が楽しめるワインとなっています。

穴子の白焼きやむっちり甘い身のイカをフライにして、しっかりとレモンを効かせたものなどと相性が良さそうです。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを手摘みで収穫し、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。

Tonik / トニック

tonik

ヴィンテージ:NV (2022)
タイプ:赤
産地:フランス アルザス地方
品種:ピノ ノワール 100%

ドメーヌ フィッシュバックの当主、ジャンのパートナーであるマリーが初めて造ったワインがこのトニックです。このワインはピノ ノワール100%で、「友人たちが気軽に楽しめる軽快な一本」をコンセプトにしています。

このワイン、熟成中のタンクから直接試飲した際にはキュートでチャーミングな味わいが印象的で、まさにコンセプト通りの味わい。しかし、ボトリング直後からは深い還元状態に陥ります。1年経ってもなかなか抜けない還元状態のワインを日本への船旅を経験させることで良い報告に進むのでは?という直感に従って少量輸入。結果、狙い通りに還元状態は完全に解消され、淡い色調ながらも奥深い味わいを持ち、大人っぽさとクランベリーのような愛らしさが調和した素晴らしいワインに仕上がっています。また、余韻にはほんのりと火山を思わせる香ばしさが漂います。

このワインは、ビオロジックで栽培されたブドウを用い、自然酵母のみで発酵。厳密な濾過(ろか)や清澄も行わず、瓶詰め時に至るまで亜硫酸塩(酸化防止剤)も無添加で造られます。

他の多くのドメーヌ フィッシュバックのワインと同じく、抜栓後数日たってもバランスを崩すことなく、長く安定した味わいを楽しませてくれます。